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2013年6月19日水曜日

繋ぐ

もうレースを退いて7年が経過しました。
日本のMTBDHレースシーンの最高峰でもあるエリートクラスで走っていたのは6年間。
(1年走ってないシーズンがあったので)

考えてみると、僕の自転車競技人生ってとても少ない期間です。

レースを辞めようと思った理由は、将来性と選手としてのモチベーションの維持。

当時の僕は、練習も今思えばビックリするほど真面目にやっていました。
少なくても1日に4時間は自転車に乗り、8時間はバイトしてました。
正直、目標はタイトルよりも自転車だけで生活できる環境作りだったと思います。
その為のタイトルが欲しかった。

もちろん自分の活動に理解ある人も大勢いました。
それ以上に反対の見方も多かった。
片親でしたが、家族は応援してくれました。
っが、今思えばそれ以上に心配も多くしてくれました。
それは競技性から、身体的にも将来的にも・・・。
だからこそ立派に自信を持って自転車で生活がしたかった。

練習をやればやる程に成績も上がり始めました。
その反面、一般社会に認められない状況は続き、それであれば辞めようとも思いました。

photo  : ohishi
今、就職して7年。
スピードは遅いけれど、やっと社会にも慣れてきました。そんな気がします。
その中で、お金の流れも見えているつもりです。
1万円の重さも理解しているつもりです。

今の生活はどちらかと言えば裕福な暮らしをしている方だと思います。
特にお金にも困っていないし、貯金も出来ている。
ただ、その日暮らしだったあの頃よりも、よりお金や物の重さを感じています。

どうしても夢を叶えるためにはお金も必要だった。
バイトしている時間、休憩出来たらもっと乗れるのにと思っていました。
だけど自転車でお金を生むことが出来なかった。

当時の僕は『理解が無い』・『競技を知らないから』と思っていたし、
できないことをお金のせいにしていました。



今思えば、『当時の僕には魅力も力も無かっただけ』のことだと認識しています。
見苦しく僕は言いわけばかりしていました。



志は違えど、当時の僕と同じように現役で頑張っている選手は沢山います。
そして、きっと彼らもまた僕と同じように資金難で苦しんでいる選手がほとんどです。

自分がレース業界に残せなかった事は沢山ありますが、
今思えば当時の僕は自分の事しか考えていなかった。
自分が活動している中で知り合ったコミニティーや企業など、
助けてもらった理解ある方々を後輩に繋げてあげる事ができなかった。

この事は、今頑張って走る選手達へ残すべき大きな遺産でもあり、可能性だったと思います。
退いた選手の大きな責任だったのではないかと思っています。

だからこそ今できる事、これから頑張る彼らに届けてあげたいと、繋げてあげたいと、
これでもわりと真剣に思っているわけです。



僕が今出来る事。
それは沢山の方に自転車という遊びを知ってもらい、チャレンジしてもらう事。
乗り手、ファンが増えれば増えただけ自転車が売れる。
環境が増える。
彼らが輝ける場所が増える。


そして将来メジャースポーツとなり、
こんな競技をしていたと爺さんになった時、家族に自慢していたい。
そんな環境に力を合わせて育てていけたらと思っています。


長々となってしまいましたが、何が言いたいかと言うと・・・

結局、僕は昔も今も自分の事しか考えていないようだ!